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国立新美術館
国立新美術館
東京都港区六本木7-22-2


Post-impressionnisme 115 chefs-d'oeuvre de la collection du Musée d'Orsay
オルセー美術館展 2010 「ポスト印象派」
〜モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ルソーからナビ派まで傑作絵画115点〜

―過去最大規模 & オルセー美術館展の集大成―
このたびオルセー美術館の珠玉のコレクションの中から、絵画の傑作115点を一堂に展覧する「オルセー美術館展2010―ポスト印象派」を開催いたします。
19世紀末のフランス。印象派がもたらした絵画の刷新を受け、その豊かな才能を開花させた一連の画家たちがいました。セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラらは、1880年代後半から90年代にかけて、それぞれの表現を追求し独創的な成果を上げました。いわゆる「ポスト印象派」の登場です。本展は印象派を起点にして、19世紀終わりから20世紀初めにかけての絵画の諸相を一堂にご紹介するものです。時代の精華ともいうべき名作の数々を通じて、ポスト印象派世代の果敢な挑戦と、彼らが残した豊穣な遺産に、新たな眼差しを注いでいただけましたら幸いです。        〜本文より抜粋して掲載〜                    主催者

会期: 2010 5/26(水)〜8/16(月) 展覧会は終了しました。
休館日:毎週火曜日
開館時間:10:00から18:00まで
※金曜日は20:00まで。入館は閉館30分前まで
会場:
国立新美術館 企画展示室1E

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オルセー美術館展「ポスト印象派」:記者発表会
オルセー美術館展「ポスト印象派」
記者発表会 2010年4月8日


― ポスト印象派とは ―
1880年代半ばから1900年ごろにかけてフランスで活躍した、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラといった画家たちを「ポスト印象派」と総称します。彼らは、確かな形態描写、堅固な構図、鮮やかな色彩、観念的なものへの思考など、反印象主義的な関心を示した点で共通しますが、画家によって作風は大きく異なります。
なお「ポスト印象派」という呼称は、イギリスの批評家ロジャー・フライが1910年に組織した「マネとポスト印象派」展に由来します。
オルセー美術館 ギ・コジュヴァル館長:記者発表
オルセー美術館 ギ・コジュヴァル館長
来日記者発表

[展覧会の構成] 〜本文より要約して掲載しています〜
第1章 1886年―最後の印象派
1874年、モネやピサロといった若い画家たちが集り、のちに印象派展と呼ばれる初めての展覧会を開催しました。光や大気の影響を受けて刻々と表情を変える身近な光景に着目した彼らは、これを、明るく自由な筆致で生き生きと表現しました。そして1886年、最後の印象派展である第8回展が開かれました。この展覧会は、ポスト印象派世代の登場を告げる重要な作品群を含んでおり、一つの分岐点として重要な位置にあります。第1章では、モネ、ピサロ、ドガ、シスレーらの作品を通じて、印象派の一つの到達点を確認します。
《 階段を上がる踊り子 》エドガー・ドガ
エドガー・ドガ(1834-1917)
《 階段を上がる踊り子 》
1886-90年
油彩/カンヴァス 39 x 89.5cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
1880年代に入ると、印象派を扱う画商やコレクターも増え、その斬新な手法は、同時代の画家たちに決定的な影響を与えるようになります。

第2章 スラーと印象主義
1886年の第8回印象派展には、ピサロの推薦を受けたスーラとシニヤックが出品し、大きな話題を呼びました。印象派の筆触分割に感化された二人は、独自の点描技法を考案します。感覚を重視して描いた印象派とは対照的に、彼らは厳密な理論に基づいて色彩を配置しました。スーラが、光学や色彩学などの科学的な知識を応用したことはよく知られています。
《 ポール=アン=ペッサンの外港、満潮 》ジョルジュ・スーラ
ジョルジュ・スーラ(1859-1891)
《 ポール=アン=ペッサンの外港、満潮 》
1888年
油彩/カンヴァス 67 x 82cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
スーラの、その静謐な画面は、小さな点が生み出す無数の色彩のコントラストによって輝きを放ち、巧みなグラデーションの効果とともに、光がおりなす微妙なニュアンスをよく伝えています。シニヤックは、1891年にスーラが夭逝した後、新印象主義の理論を広く世に普及させることにも貢献しました。

第3章 セザンヌとセザンヌ主義
1874年の第1回印象派展、77年の第3回展に出品したセザンヌでしたが、やがて自らの進むべき方向との遠いに気づき、エクス=プロバンスで孤独に制作に励むことになります。セザンヌが求めていたものは、「堅固で永続的な」芸術でした。りんごや人物の表現に見られるヴォリューム感、堅牢に組み立てられた画面構成、平面的な筆触を重ねて生まれる独創的な空間表現など、その斬新な成果は、キュビスムや抽象絵画など、後世に多大な影響を及ぼすことになります。
《 水浴の男たち 》ポール・セザンヌ
ポール・セザンヌ(1839-1906)
《 水浴の男たち 》
1890年頃 油彩/カンヴァス 60 x 82cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
当時のセザンヌは、公には作品をほとんど発表していませんでした。しかし、ゴーギャン、ベルナール、ナビ派など、一部の若い画家たちに熱狂的に支持され、まずは彼らの間にその影響は広がっていきました。
(1890年までセザンヌというのは、全く世に出ていなかったのです。親が銀行家で個人の資産で生活していて、パリに時々上がってきては、ルーブルに行ってドラクロアの模写をするという画家でありました。)

第4章 トゥールーズ=ロートレック
南仏の名門伯爵家に生まれたトゥールーズ=ロートレックは、思春期の大怪我がもとで足の成長が止まり、幼少の頃より才能を発揮していた画業に専念するようになります。1882年にパリに出た画家は、大規模な歓楽街のあったモンマルトルに親しみ、そこにたくましく生きる踊り子、娼婦、芸人などを、ときに辛辣に、またときには深い共感をもって描くようになりました。
《 女道化師シャ=ユ=カオ 》アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)
《 女道化師シャ=ユ=カオ 》
1895年 油彩/厚紙 64 x 49cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
ロートレックは、画風においても、心酔していた印象派の影響を次第に脱していきます。素早いスケッチ風の独自のスタイルは、虚飾の背後に潜む、人間の真の姿を露わにすかのような的確さを備えています。

第5章 ゴッホとゴーギャン
ゴッホとゴーギャンが共同生活を試み、悲劇的な破局を迎えたエピソートはよく知られています。そのゴーギャンは、第4回展以降。つづけて印象派展に参加していましたが、単純で力強い色彩の装飾的な画面に、観念的な主題を描く独自のスタイルを確立します。文明に絶望し、未開文化の豊穣さに楽園を見出したゴーギャンは、その後タヒチに向かい、人間の本質を追求した数多くの傑作を残しました。
《 星降る夜 》フィンセント・ファン・ゴッホ
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)
《 星降る夜 》
1888年 油彩/カンヴァス 72.5 x 92cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
オランダ出身のゴッホは、最後の印象派展が開催された1886年にパリに出ました。オランダ時代の暗い色彩とは対照的な、明るい色調と闊達な筆遣いで描き始めます。
(ゴッホは、パリで色彩、色に開眼して、南仏の太陽のギラギラと強く輝くプロバンスのアルルの町に居を構えます。ゴーギャンとの関係は数ヶ月という悲劇に終わり、大変な失望と絶望感に襲われ病院に入ります。そこの病院で生れた傑作 《星降る夜》 アルルのローヌ川の河岸で自分自身の頭の中にある悪夢を描いています。)

第6章 ポン=タヴェン派
ブルターニュ半島の小村、ポン=タヴェンに滞在していたゴーギャンは、平坦な色面に強い輪郭線というクロワゾニスムの手法で描いていた若きベルナールと出会います。そして、たちまち意気投合した二人は、総合主義と呼ばれる理論を打ち立てました。これは、クロワゾニズムに基づく力強い描法に、主観的な内容を総合するというものでした。
《 水浴の女たちと赤い雌牛 》エミール・ベルナール
エミール・ベルナール(1868-1941)
《 水浴の女たちと赤い雌牛 》
1887年
油彩/カンヴァス 92.5 x 72.5cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
総合主義の理論は若い画家たちをひきつけ、ポン=タヴェンの地に、ゴーギャンを中心としたポン=タヴェン派と呼ばれる一つ派を形成することになります。平面的で装飾的な力強い画面構成と、豊かな精神性を宿した象徴主義的な志向は、ナビ派の登場にもつながりました。

第7章 ナビ派
1888年秋、ゴーギャンの指導のもと、セリュジェが一枚の風景画、 《護符(タリスマン)》 を仕上げます。抽象絵画のように見えるこの小さな作品は、自然の色の束縛から脱した大胆な色彩で描かれていました。これをきっかけに、セリュジエ、ドニ、ボナール、ヴュイヤールらは、ナビ派を結成します。ヘブライ語で「預言者」を意味する「ナビ」というグループ名にも伺われるように、ナビ派は象徴主義的な精神土壌に根ざしていました。
《 格子柄のブラウス 》ピエール・ボナール
ピエール・ボナール(1867-1947)
《 格子柄のブラウス 》(20歳のクロード・テラ夫人)
1892年 油彩/カンヴァス 61 x 33cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
日本の浮世絵に深く影響されたボナールの作品が示すように、平坦な色面を多用した装飾的な画面に大きな特質があります。色彩そのものの喚起力を生かした描法は、後の絵画にも大きな影響を与えました
(1890年に入り、今度はパリの美術の世界に、若い、新しい世代のアーティストたちが登場します。ナビ派 (先を見透す預言者) と呼ばれる知識と教養に富んだ芸術活動です。)

第8章 内面への眼差しナビ派
ナビ派のボナールやヴュイヤールらは、身近な室内の情景を好んで描きました。親密で内面的(アンティーム)な雰囲気を強く漂わせるその画風は、アンティミスムと呼ばれています。象徴主義は、目に見えない観念や思想を表現しようと試みた点で、移ろいやすい外界の様相に着目した印象派と好対照です。
《 貧しき漁夫 》ビュヴィ・ド・シャヴァンヌ
ビュヴィ・ド・シャヴァンヌ(1824-1898)
《 貧しき漁夫 》
1881年 油彩/カンヴァス 155.5 x 192.5cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
象徴主義を代表するモローは、神話や聖書を主題にした神秘的な画面に、深い精神性を表現しました。一方、アンティミスムの作品は、ナビ派に特有の造形的効果、と、閉じた空間内での私的な物語を連想させる場面設定によって、見る者の感覚を直接揺さぶります。

第9章 アンリ・ルソー
パリ市の税関職員を長く勤めたルソーは、素朴派の代表的な画家です。独学で絵画を修めたルソーの作品は、シンプルで力強い表現力に満ちています。細部まで均質に描き込まれた画面、遠近法によらない独自の空間表現、独創的な色彩の対比やグラデーションなどは、伝統的な絵画技法とは大きく異なります。また、非常に謎めいた、ときに異国情緒豊かな主題によって、画面からは神秘的で象徴的な雰囲気が漂います。
《 蛇使いの女 》アンリ・ルソー
アンリ・ルソー(1844-1910)
《 蛇使いの女 》
1907年 油彩/カンヴァス 169 x 189.5cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
画家は、写真やイラストなどからイメージを借用して制作したことでも知られています。一見して稚拙な表現は批判の対象でもありましたが、ピカソやアポリネールに称賛されて次第に評判は高まり、20世紀の前衛絵画にも大きな影響を与えました。
(このアンリ・ルソーの作品は、オルセー美術館の近代絵画を象徴する作品です。)

第10章 装飾の勝利
19世紀末から20世紀初頭にかけては、優美な曲線が美しいアール・ヌーボーが席巻した時代でもありました。イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動に端を発する、芸術と生活の融合を目指すデザイン革命は、画家たちの芸術観にも大きな変革をもたらしました。ナビ派の画家たちは、定期的に展覧会を開催して作品を発表しただけでなく、雑誌の挿絵やポスター、舞台芸術など幅広い造形活動にかかわることで、芸術と生活を橋渡ししようと試みました。
《 公園 戯れる少女たち 》エドゥアール・ヴュイヤール
エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)
《 公園 戯れる少女たち 》
1894年
テトランプ/カンヴァス 214.5 x 88cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Jean Schormans / distributed by AMF
《 公園 質問 》 1894年 テトランプ/カンヴァス 214.5 x 92cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Jean Schormans / distributed by AMF
《 公園 子守、会話、赤い日傘 》 1894年
テトランプ/カンヴァス 213.5 x 73、213 x 154、214 x 81cm
© RMN (Musée d'Orsay) / Jean Schormans / distributed by AMF
本章に出品されるボナールやヴュイヤールによる大型の作品は、注文を受けて制作された室内装飾画です。絵画と装飾にもまた、新たな関係が生み出されていることが分かります。

お問合せ:ハローダイヤル 03-5777-8600
展覧会公式サイト:http://orsay.exhn.jp/
主催:
国立新美術館、オルセー美術館、日本経済新聞社
後援:フランス大使館
協賛:アサヒビール、NEC、花王、キャノン、KDDI、損保ジャパン、ダイキン工業
大日本印刷、大和証券グループ、大和ハウス工業、三井物産、三菱商事
本展監修者:総監修 オルセー美術館館長 ギ・コジュヴァル
         監修 オルセー美術館学芸員 シルヴィ・パトリ
                  オルセー美術館国際展部門長 ステファン・ゲガン

参考資料:「オルセー美術館展」Press Release、他。
※掲載写真、撮影は全て、主催者の許可を得て行っております。
ご意見ご感想は  yashio@mui.biglobe.ne.jp

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