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国立新美術館
国立新美術館
〒106-8558 東京都港区六本木 7-22-2

「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」 (会期:'2018・2/14[水]~5/7[月]) 東京会場:国立新美術館
記者発表会
'2017 7_12 会場:国立新美術館 3F講堂(東京・六本木) にて 「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」 の記者発表会が行われました。
【司会者挨拶・概要紹介】
伊澤 美恵子
(司会)
【通訳】
小川 浩美
(英語)
【主催者挨拶】
青木 保
(国立新美術館長)、鷲見 卓(中日新聞社・東京新聞 取締役事業担当)
【主催者紹介】
福山 浩一郎
(NHK事業センター 専任部長)、浜野 伸二(NHKプロモーション 取締役 展博事業本部長)
【来賓挨拶】ピーター・ネルソン(在日スイス大使館 臨時代理大使)、ルーカス・グルーア(E.G. ビュールレ・コレクション財団 館長)
【展覧会の概要、見どころ紹介】山田 由佳子(国立新美術館 主任研究員)


至上の印象派展 ビュールレ・コレクション
Bührle Collection
Impressionist Masterpieces from the E.G.Buehrle Collection, Zurich (Switzerland)
 ドイツに生まれ、スイスに移住したエミール=ゲオルク・ビュールレ (1890-1956) は、戦前から戦後にかけて実業家として富を築く一方、生涯を通じて美術品の収集に情熱を注ぎました。 ビュールレは 1937年にスイス国籍を得て、一家とともに移り住んだチューリヒの邸宅を飾るため、美術品の購入を始めます。 時にはレンブラントやファン・ゴッホの贋作を購入してしまうなどの失敗もありながら、信頼のおける画商たちとの出会いを経て、自身のコレクションを増やしていきました。 やがてビュールレ・コレクションは、フランスの印象派とポスト印象派を中心に、それらの作品への理解を深めるものとして 16世紀から 18世紀のオランダ派やヴェネツィア派の絵画やゴシック式彫刻などの古典作品から、ナビ派、フォーヴィスム、キュビスム、 1900年以降のフランス前衛絵画までを揃え、世界を代表するプライベート・コレクションの一つとなりました。

 名作揃いのビュールレ・コレクションですが、これまでヨーロッパ以外へ所蔵品がまとまって貸し出されたことはほとんどなく、日本で紹介されたのは、ビュールレ氏の生誕 100年を記念し、1990年から 1991年にワシントン、モントリオール、横浜、ロンドンで開催された世界巡回展の 1回限りでした。 これまでは、ビュールレが作品を保管していた邸宅の別棟を改装した美術館で、この優れたコレクションを鑑賞することができましたが、その美術館は 2015年に閉館され、今回 27年ぶりに日本でコレクション展が実現することになりました。 2020年にビュールレ・コレクションの所蔵品は一括して、チューリヒ美術館に管理が移ることが決まっており、今回の展覧会は日本でコレクションの全貌を見ることができる最後の貴重な機会となります。 印象派の作品を中心に約 60点の名作が揃った 「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」 をご堪能下さい。


会期: 2018 2/14 [水] 5/7 [月]
休館日: 毎週火曜日(ただし 5月 1日(火)は除く )
開館時間: 午前 10時 ~ 午後 6時 (毎週金曜日、4月 28日(土)~ 5月 6日(日)は午後 8時まで)
※入場は閉館の30分前まで

会場・東京展:
国立新美術館企画展示室1E (東京・六本木)
主催:国立新美術館、東京新聞、NHK、NHKプロモーション


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・巡回展(福岡、名古屋)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
会期・会場・福岡展: 2018 5/19 (土) - 7/16 (月・祝) 九州国立博物館(福岡・太宰府)
主催・九州国立博物館、西日本新聞社、NHK福岡放送局、NHKプラネット九州
会期・会場・名古屋展: 2018 7/28 (土) - 9/24 (月・祝) 名古屋市美術館(名古屋・白川公園内)
主催・名古屋市美術館、中日新聞社、NHK名古屋放送局、NHKプラネット中部

'2017 7_12 「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション展」の記者発表会のご紹介です。 画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」記者発表会
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」 記者発表会 '2017 7_12
国立新美術館 講堂


出品作のおよそ半数が日本初公開! 門外不出の まだ見ぬ 「睡蓮」 がありました。!

至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」 展覧会の見どころ、概要
― 「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」のPress Release、プレス説明会、他よりの抜粋文章です ―
【見どころ 1】 「至上の印象派コレクション」
 今回の展覧会には、作品も作家名も、どこかで見たことのある、聞いたことのある作品ばかりが揃います。 きっと 「この絵はビュールレが持っていたのか!」 と驚く作品が数多く登場することでしょう。 ドラクロワ(1798-1863)、ドガ(1834-1917)、マネ(1832-1883)、ルノワール(1841-1919)、ファン・ゴッホ(1853-1890)、ゴーギャン(1848-1903)、モネ(1840-1926)、セザンヌ(1839-1906)、マティス(1869-1954)、ピカソ(1881-1973)…あまりにも豪華すぎる作家たちがこの展覧会で競演します。 なかでも、傑作中の傑作が揃うビュールレ・コレクションの印象派・ポスト印象派の作品は、その質の高さゆえ世界中の美術ファンから注目されています。 絵画史上、最も有名な少女ともいわれるルノワールの 《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢 (可愛いイレーヌ)》 とセザンヌの 《赤いチョッキの少年》 の 2点は両巨匠の 「最高傑作」 として知られ、この 2点だけでも十分に価値のあるコレクションといえます。

展示構成 (第1章、第3章、第4章、第5章、第6章、第8章のスライド画像と解説・抜粋文でご紹介しています。)
第1章:肖像画
第2章:ヨーロッパの都市
第3章:19世紀のフランス絵画
第4章:印象派の風景―マネ、モネ、ピサロ、シスレー
第5章:印象派の人物―ドガとルノワール
第6章:ポール・セザンヌ
第7章:フィンセント・ファン・ゴッホ
第8章:20世紀初頭のフランス絵画
第9章:モダン・アート
特別出品:クロード・モネ 《睡蓮の池、緑の反映》

画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。
'2017 7_12 展覧会説明会のスライド映写画像と広報用画像・「PRESS RELEASE」などの抜粋文章です。
フランス・ハルス《男の肖像》、ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルフレッド・シスレーの肖像》
第1章:肖像画
 名作への期待に胸膨らませて会場を訪れた来館者をまずお迎えするのは、肖像画の数々です。 17世紀のオランダを代表する画家フランス・ハルスの傑作、《男の肖像》 にはじまり、フランス古典主義の完成者アングルが愛情を込めて描き出した妻の肖像、さらには友人シスレーをモデルにルノワールが描いた若き日の半身像など、各時代を彩る名人たちの筆による個性豊かな肖像画が並びます。 これらの作品により、西欧絵画 200年の伝統とその表現の推移、さらにビュールレ・コレクションの広がりと厚みを体感することができます。

フランス・ハルス 《男の肖像》 1600/66年頃 ©Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland)
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《アルフレッド・シスレーの肖像》 1864年 ©Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland)
 左ピエール=オーギュスト・ルノワール 《アルフレッド・シスレーの肖像》 1864年― 1861年、画家シャルル・グレールがパリで開いていた私塾で出会ったルノワールとシスレーは、その後も親交を深めました。 本作品では、経済的な困窮など苦難に見舞われる前の若きシスレーが、非常にリラックスした様子で描かれています。


エドゥアール・マネ《ベルビュの庭の隅》、クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》
第4章:印象派の風景―マネ、モネ、ピサロ、シスレー
  印象派の画家たちは、肖像、静物、風俗など様々な主題に挑戦しましたが、最も熱心に取り組んだ画題が風景でした。 パリ近郊、セーヌ河畔の豊かな自然を舞台に繰り広げられる作品の数々は、描かれた時の光のきらめきや風のささやきを感じさせるほど、生き生きと表現されています。 世界中の人々を魅了するこの美しい風景画が、誕生当時酷評されたことなど今では信じがたいものがありますが、それほどまでに自然を写し取る彼らの細やかな技法は革新的だったのです。

【日本初公開】エドゥアール・マネ 《ベルビュの庭の隅》 1880年 油彩、カンヴァス 91 x 70cm ©Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland)
クロード・モネ 《ジヴェルニーのモネの庭》 1895年 油彩、カンヴァス 81.5 x 92cm ©Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland)

 《ベルビュの庭の隅》 本作品で描かれているのは、マネが夏の間過ごしていたパリ近郊の別荘とその庭です。 戸外で制作され、軽やかな筆の運びと明るい色彩を特徴とする本作品は、マネがモネをはじめとする若い画家たちと親交を持ち、印象派への志向を強めていったことを示しています。 《ジヴェルニーのモネの庭》 1883年の春、モネはジヴェルニーに移り住み、1926年にこの世を去るまで、自然豊かなこの地に住み続けました。 本作品では、シャクヤク、ゼニアオイ、バラやアイリスなど、色とりどりの花を愛でるモネの義理の娘、シュザンヌ・オシュデが描かれています。 点描のような細かい筆蝕からは、印象派絵画の新たな展開がうかがえます。

第6章:ポール・セザンヌ
  マネ、モネ、ルノワールなど、ビュールレ・コレクションの印象派の傑作は枚挙に暇がありませんが、中でも白眉とも言えるのがセザンヌの充実したコレクションです。 6点の出品作は、暗い情念を感じさせる初期のバロック的宗教画から、印象派の筆触を独自に展開させた風景画、最盛期の妻の肖像と自画像、キュビスムの先駆を思わせる最晩年の作品まで、この画家の作風の変遷を明らかにしています。 そして、近代美術の金字塔ともいえる 《赤いチョッキの少年》 は、絵画を見ることの喜びのすべてを私たちに与えてくれます。
ポール・セザンヌ 《パレットを持つ自画像》 1890年頃 油彩、カンヴァス 92 x 73cm ©Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland)
【日本初公開】ポール・セザンヌ 《庭師ヴァリエ》 1904/06年頃 ©Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich (Switzerland)
 《パレットを持つ自画像》 セザンヌの自画像の中で最大のサイズを誇ります。 画家としての自負にあふれたポーズで、堂々と立つ 50歳頃のセザンヌ。 頭部や両肩の丸みに、パレットとカンヴァスの鋭い四角形が対比されています。 簡素な黒い仕事着に包まれた体躯が、がっしりと立体的に捉えられています。 《庭師ヴァリエ》 1902年にセザンヌは、南仏レ・ローヴの丘に新しいアトリエを建てました。 少し坂を上がるとサント=ヴィクトワール山を一望できるこの絶好の場所で最晩年を過ごしたセザンヌ。 その身の回りの世話もしていた庭師ヴァリエは、最後のモデルでもありました。 未完成の本作品は、晩年に特有の瑞々しく軽やかなタッチで覆われています。

ビュールレ・コレクション財団の美術館
ビュールレ・コレクション財団の美術館、チューリヒ
ビュールレ・コレクション財団の美術館、チューリヒ (展覧会プレゼンテーション映写画像より抜粋)
The Buehrle Foundation's Museum from 1960 to 2015, Zurich(Switzerland)
【見どころ 2】 「すべて、一人のコレクターが集めました」  ―PRESS RELEASEより抜粋文章―

 こうした傑作の数々は、ドイツに生まれ、スイスで後半生をすごしたエミール=ゲオルク・ビュールレ (1890-1956) が集めました。 学生の頃から美術に興味を持っていた ビュールレですが、第1次世界大戦と第2次世界大戦を経験し、美術とはかけ離れた世界で実業家として成功、富を築きました。 しかし、目まぐるしく状況が変化する世界と自身の仕事を通じ、やはり彼にとっての心の拠りどころは美術でした。 時間を見つけては、チューリヒの邸宅の隣にある別棟で自身のコレクションをひたすら眺め、絵画の世界に浸っていたというビュールレ。 彼の死後、その別棟は美術館として改築され、コレクションが一般公開されていましたが、スイス国外に彼の所蔵作品がまとまって公開されたのは過去に数回のみ、そして世界に大々的に報じられた 2008年の 4点の絵画盗難事件以来、一般公開が規制されてしまいました (その後、4点は無事に戻されました).
 そして 2020年には、ビュールレが生涯を通じ財政的支援を続けてきたチューリヒ美術館に、全てのコレクションが移管されることが決まっています。 ビュールレのコレクターとしての視点が感じられるコレクションの全貌がみられるのはこれが最後となります。

エミール=ゲオルク・ビュールレの生涯とビュールレ・コレクション
Emil Georg Bührle's life and Bührle Collection
1890年 8月 31日 ドイツ南西部のプフォルツハイムに生まれる。
1909年~1911年 フライブルク・イム・ブライスガウにあるフライブルク大学とミュンヘンのルートヴィヒ・マクシミリアン大学で、文学、哲学、美術史を学ぶ。
1920年 銀行家の娘、シャルロッテ・シャルクと結婚。
1924年~1929年 義父が有するマクデブルク・ファクトリーが買収したスイス マシン ツール ファクトリー エリコンの再建のため、チューリヒに移る。
1930年~1939年 1937年にエリコン・ビュールレ社のオーナーとなる。 同年にスイス国籍を得て、一家とともにツォリカー通りにある邸宅に引っ越す。 その邸宅に飾るため、美術品の購入を始める。 購入作品には、コローらバルビゾン派の画家、モネ、ピサロ、ルノワール、シスレーなどの印象派の画家の作品が含まれていた。
1939年~1945年 19世紀のフランスの画家の絵画を中心におよそ 80点を購入。
1945年~1951年 1945年にレンブラントの自画像を購入するが、後に贋作と発覚する。 1948年にスイス連邦裁判所は、スイスの同盟国によって確認された 77点の略奪作品が国際法違反であるとし、返却を命じる。 ビュールレの所蔵品の中では 13作品が該当したが、裁判所はビュールレがそれらの作品を入手した際、フランスで略奪されたものであることを知りえなかったと認める。 ビュールレは 13作品のうち 9作品をそれぞれの所蔵家から正当に買い戻す ( 1人が画商のポール・ローザンベールで、後にビュールレの作品収集に多大な影響を与える)。 ファン・ゴッホの自画像を購入したが、贋作と発覚。 その後、購入作品の所有歴の情報管理をする秘書を雇う。
1951年~1956年 事業を拡大し、成功をおさめる。 度重なる渡航で、ニューヨーク、ロンドン、パリなどの画商たちから作品を購入する。 特にロンドンのアーサー・カウフマンと、チューリヒのフリッツ・ナタンと信頼関係を築く。 1954年に、チューリヒ大学で、「私のコレクションの歴史について」 と題し、自身の所蔵品を美術史的観点に沿って講義を行う。 同年、ビュールレの財政支援によって、チューリヒ美術館の新館工事が始まる。
1956年11月28日 チューリヒで没( 66歳)。
1960年 2月24日 ビュールレの妻 シャルロッテ・ビュールレ、息子 ディーター・ビュールレ、娘 ホルテンゼ・アンダ=ビュールレがチューリヒにE.G.ビュールレ・コレクション財団を設立。 所蔵品の 3分の 1 (絵画 167点、彫刻 31点) を財団に移管。 財団のコレクションは、ビュールレのチューリヒの邸宅に隣接する、所蔵品の保管場所として使用していた別棟に展示され、同年 4月にプライベート美術館として一般公開。
1990年~1991年 ビュールレの誕生 100年を記念し、ワシントン、モントリオール、横浜、ロンドンでコレクションの世界巡回展が開催される。
2008年 2月10日 セザンヌの 《赤いチョッキの少年》、ドガの 《リュドヴィック・ルピック伯爵と その娘たち》、モネの 《ヴェトゥイユ近郊のケシ畑》、ファン・ゴッホの 《花咲くマロニエの枝》 が武装強盗団によって盗まれる。 モネとファン・ゴッホの 2点はすぐ近くの駐車場で発見されるが、セザンヌとドガの 2点は 2012年 4月にベオグラードで発見。 以降、プライベート美術館の一般公開は規制される。
2012年 ビュールレ・コレクションが 2020年に完成するチューリヒ美術館の新館に常設展示されることが決定する。


お問合せ:03-5777-8600 (ハローダイヤル)
展覧会サイト:http://www.buehrle2018.jp/
国立新美術館サイト:http://www.nact.jp
主催:国立新美術館、東京新聞、NHK、NHKプロモーション

後援:外務省、スイス大使館
協力:スイス政府観光局、スイス インターナショナル エアラインズ、日本貨物航空

参考資料:「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」PRESS RELEASE & 報道資料 、他。
※写真撮影の掲載等は、主催者の許可を得て行っております。
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