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「アイ・エイ・アイ」:IAI

東京都美術館
東京都美術館
〒110-0007 東京都台東区上野公園8-36

     
プーシキン美術館

―旅するフランス風景画―

Pushkin
Masterpieces of French Landscape Paintings
from The Pushkin State Museum of Fine Arts, Moscow

                              旅のはじまりによせて
 「旅」 ということばに、人はなぜ心躍らせるのでしょうか。
 このたび、モスクワのプーシキン美術館が所蔵する 17 世紀から 20 世紀までの風景画の名品 65 点をご覧いただく運びとなりました。 画家たちもきっと私たちと同じように、旅のさなかに偶然出会った、未知の風景に心を奪われたことでしょう。 彼らはその光景を、ときに神話や歴史上の出来事の背景として丁寧に描写し、またあるときには、その光と色彩の感触をカンヴァスに留めるべく探究への努力を惜しみませんでした。

 今回が日本初公開となるモネの 《草上の昼食》 では、太陽の光を反射して輝く木の葉が生き生きと描かれ、森の中に集う人物たちとの見事な調和を生んでいます。 印象派の誕生前夜に開花した、若きモネの魅力溢れる傑作です。 画家たちの目を通した風景画への 「旅」 が、皆様にとって心躍る体験となることを願ってやみません。
                            「日本側主催者」


会期: 2018 4/14 [土]〜 7/8 [日]
休室日: 月曜日
開室時間: 午前 9時30分 ― 午後 5時30分 (金曜日は午後 8時)
※入室は閉室の30分前まで

東京会場:
東京都美術館企画展示室
主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、
朝日新聞社、テレビ朝日、BS朝日、プーシキン美術館、ロシア連邦文化省

大阪会場: 2018 7/21 (土) - 10/14 (日) 国立国際美術館 大阪・中之島
主催:国立国際美術館、朝日新聞社、関西テレビ放送、BS朝日、プーシキン美術館、ロシア連邦文化省


'2018 4_13 「プーシキン美術館展」 のプレス内覧会と開会式の会場内風景のご紹介です。 画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。

「プーシキン美術館展」開会式

「プーシキン美術館展―旅するフランス風景画 opening
 開会式 & プレス内覧会 東京都美術館 '2018 4_13



フランス 19 世紀が 「風景画の世紀」 風景画の盛大な流行を発生 「旅」 は広がる!

パリの喧騒から、パリ郊外の煌めく陽光、南仏のまばゆい光、地中海の紺碧の海!


プーシキン美術館展」 展覧会の概要 ― 「プーシキン美術館展」 プレス説明会、チラシ、他よりの抜粋文章です ―

 モスクワにあるプーシキン美術館の誇るフランス絵画から、17〜20 世紀にわたるフランスの風景画をご紹介する展覧会です。 風景画の中には、美しい理想的な大地であったり、自然の境遇を感動させる描写、また、懐かしさを感じさせるような景観、など、えりすぐった近代風景画の傑作 65 点を展示いたします。
第 1 部 風景画の展開―クロード・ロランからバルビゾン派まで
第 1 章 近代風景画の源流
第 2 章 自然への賛美

第 2 部 印象派以後の風景画
第 3 章 大都市パリの風景画
第 4 章 パリ近郊―身近な自然へのまなざし
第 5 章 南へ―新たな光と風景
第 6 章 海を渡って / 想像の世界

巨匠たちが捉えた風景を 「旅」 の視点を交えながらたどってゆきます。


画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。
'2018 4_13 「プーシキン美術館展」 プレス内覧会の作品説明会、「プーシキン美術館展」 図録、「PRESS RELEASE」、チラシなどの抜粋文章です。

第 1 部 風景画の展開―クロード・ロランからバルビゾン派まで

 第 1 部では、風景画が絵画ジャンルのひとつとして自立していく過程を振り返る。 17 世紀、ローマで活躍した画家たちは、もっぱら聖書や神話に主題を求めつつ、その背景に広がる自然を理想化して描いて見せた。 自然を整えるというこの発想は、例えば貴族たちの優雅な日常を描く雅宴画や、古代に想いを馳せる廃墟画など、18 世紀の絵画実践にも引き継がれている。 一方、19 世紀になる頃には、絵画の受容者が王侯貴族から新興市民階級へと移行し、風景表現のあり方にも変化が生じた。 身近に広がる田園風景を、手頃なサイズの絵に描くバルビゾン派の画家たちは、その典型である。

クロード・ロラン《エウロペの掠奪》
・cat.1

第 1 章 近代風景画の源流 (神話や古代、理想の美しさ)
 西洋絵画の歴史において、風景はながらく、独立した主題でさえなかった。 ただの 「背景」 でしかなかったものが注目を集め、やがてジャンルとして一人歩きを始める過程。 17〜18 世紀の王宮で華やかな文化が花開いた。 王侯貴族が愛した理想的風景画、優雅な雅宴画、また古代への憧憬を描いた廃墟画、これらは必ずしも、あるがままの自然を写しとったものではなかった。 17 世紀に始まる風景画の黎明期である。

ジャック・ド・ラジュー《狩猟後の休息》、フランソワ・プーシェ《農場》
・cat.8.9

左・cat.1 クロード・ロラン (クロード・ジュレ、通称ル・ロラン) [1600/1604 年 シャマーニュー-1682 年 ローマ(イタリア)] 《エウロペの掠奪》 1655 年 油彩、カンヴァス 100 x 137 cm
中・cat.8 ジャック・ド・ラジュー [1687 年 パリ-1761 年 パリ] 《狩猟後の休息》 1742 年頃 油彩、カンヴァス 129.5 x 129.5 cm
右・cat.9 フランソワ・プーシェ [1703 年 パリ-1770 年 パリ] 《農場》 1752 年 油彩、カンヴァス 57.5 x 71 cm

・cat.1 《エウロペの掠奪 オウィディウスの 『変身物語』 に由来する。 フェニキアの女王エウロペ、その美貌に心奪われた神々の父ゼウスは、白く美しい雄牛に姿を変えて、女王エウロペを海の向こうのクレタ島に連れ去るというギリシャ神話の壮大な海景の場面が描かれている。 ・cat.8 《狩猟後の休息 18世紀の建築風景画家、装飾図案家のラジューは、石工で建築家の父親のもとで育った。 ヴァトーやプーシェからの影響が色濃いその装飾的な作品は、ロココ美術に典型的な有機的曲線が見てとれる。 ・cat.9 《農場 18世紀ロココ美術を代表する芸術家プーシェは、ヴェルサイユ宮殿 「王妃の間」 やルイ 15 世の居住空間などの装飾画により名声を上げた。 木々に覆われた、簡素な水車小屋で営まれる農民たちの日常風景、この作品は、画家の名が喚起する一般的なイメージからかけ離れている。



第 2 部 印象派以後の風景画

 第 2 部では、描かれた場所に注目し、大都市パリを基点に風景画の広がりを展観する。 19世紀半ばから、「パリ大改造」 (1853-70 年) が行なわれ、パリの街並みは大きく変わった。 印象派の画家たちは新しい大通りや広場を歩き、近代都市の情景を数多く描いていく。 パリを起点に鉄道網が発達すると、人々は気軽にパリ郊外へ、フランス中部、さらに南フランスへと足を延ばした。 画家たちも各地へ赴き、自然豊かな郊外や南フランスの海辺などを様々に表現していく。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》
・cat.27

第 3 章 大都市パリの風景画 (にぎわいの近代都市パリ)
  首都パリは人口急増にともなって、19 世紀半ばから、ナポレオン 3 世 (1808-1873) のもと、「パリ大改造」 が行われ、パリの景観は大きく変わって行く、一大プロジェクトにより、幅の広い大通りと広場や公園が整備され、高層の集合住宅や巨大な公共建築が次々と出現した。 印象派を始め、画家たちは都市生活を満喫する人々を描き出し、市民の憩いの場であったモンマルトルの丘には低家賃のアパルトマンが多く、若い画家たちが暮らしていた地区でもありました。

ルイジ・ロワール《パリ環状鉄道の煙》、ピエール・カリエ=ベルーズ《パリのピガール広場》
・cat.28.35

左・cat.27 ピエール=オーギュスト・ルノワール [1841 年 リモージュ-1919 年 カーニュ=シュル=メール] 《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》 1876 年 油彩、カンヴァス  81 x 65 cm
中・cat.28 ルイジ・ロワール [1845 年 ゴリツィア(イタリア)-1916 年(パリ)] 《パリ環状鉄道の煙 (パリ郊外) 1885 年 油彩、カンヴァス 172 x 296 cm
右・cat.35 アルベール・マルケ [1875 年 ボルドー-1947 年 パリ] 《冬のパリ、サン=ミシェル橋の眺め》 1908 年頃 油彩、カンヴァス  61 x 81 cm

・cat.27 《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰 ムーラン・ド・ラ・ギャレットはモンマルトルの丘にあった大衆的なダンスホールで、ルノワールは 1876 年、すぐ近くにアトリエを借り、その賑わいを描いていく。 この頃の代表作としては、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会 がよく知られている。 本作品は、この作品の準備段階で描かれたものだと考えられる。 画商がルノワールの作品を定期的に購入するようになるのは 1881 年、彼が 40 歳になる年のことでした。 ・cat.28 《パリ環状鉄道の煙 (パリ郊外)》 本作品では、中心部の賑わいだけではないパリの様子が、鋭いまなざしで捉えられている。 「小環状線」 とも呼ばれたパリ環状鉄道は、1850 年代から 60 年代にかけて相次いで開業し、当時のパリ市街地を囲むように敷設された。 地方とパリを結ぶ各路線のターミナル駅が市内に点在したため、それらをつなぐように設けられたもので、主に貨物用として、また有事の際の物資や兵力の輸送のためにつくられた。・cat.35 《冬のパリ、サン=ミシェル橋の眺め シテ島と左岸をつなぐサン=ミシェル橋は、パリで最も古い橋のひとつでその歴史は 14 世紀に遡る。 当初の木造から幾度か架け替えられたが、マルケが描き、今日も目にすることができるのは 1857 年に造られた三連アーチ橋である。 マルケの絵画では省略されているが、各アーチの間には、当時の皇帝ナポレオン 3 世の頭文字 N があしらわれている。



ピエール・ボナール《夏、ダンス》
・cat.55

第 5 章 南へ―新たな光と風景 (南仏 まばゆい太陽の魅力)
  鉄道網の発達は、パリと光輝く地中海との距離も縮めた。南仏に降り注ぐまばゆい陽光と、中部の渓谷に広がる多様な地形は、画家たちに豊かなインスピレーションを与えた。 南仏生まれのセザンヌは故郷の山を題材に 30 点以上描いた。 また、パリとその近郊では目にすることのない紺碧の海や赤みを帯びた岩など、マティスとドランが滞在した地中海沿いの町コリウールは、日差しが照り付ける、鮮烈な色彩でフォーヴィスム生誕の地となった。

アンドレ・ドラン《港に並ぶヨット》& ルイ・ヴァルタ《アンテオールの海》
・cat.56.59

左・cat.55 ピエール・ボナール [1867 年 フォントネ=オ=ローズ-1947 年 ル・カネ] 《夏、ダンス》 1912 年 油彩、カンヴァス 202 x 254 cm
中・cat.56 アンドレ・ドラン [1880 年 シャトー-1954 年 ガルシュ] 《港に並ぶヨット》 1905 年 油彩、カンヴァス 82 x 101 cm
右・cat.59 ルイ・ヴァルタ [1869 年 ディエップ-1952 年 パリ] 《アンテオールの海》 1907 年 油彩、カンヴァス 82 x 100 cm

・cat.55 《夏、ダンス ボナールは、ナビ派として知られる。 1910 年と 1912 年にモロゾフからモスクワの自邸を飾る装飾画の注文を受けた。 本作品もそのひとつで、1913 年 1 月初めにモロゾフによって購入されている。 本作は、ボナールが1909 年から地中海沿いのいくつかの町に滞在し、この頃にボナールが暮らしたグラース近郊で描かれたことがわかっている。 ・cat.56 《港に並ぶヨット 本作品の描かれた 1905 年夏、ドランはマティスの誘いに応じ南フランスの町コリウールに滞在し、帆を乾かすヨットの連なるコリウールの港を、リズムカルな筆触で描いている。 新印象派の点描技法をポール・シニャック (1863-1965) から学んだマティスとともに、フォーヴィスムと名付けられる新たな表現様式をこの地で生み出していく。 ・cat.59 《アンテオールの海 1899 年頃、ヴァルタは南仏アンテオールの海辺に家を建て、同じく南フランスで暮らしたルノワールやシニャックらと親交を深めながら、特徴的な岩や木々、海辺をモチーフに数々の風景画を手がけた。 世紀転換期に活動した様々な画家から表現を学び、フォーヴの画家として知られ、ゴーガンやファン・ゴッホの影響も見られる。



   

プーシキン美術館

プーシキン美術館

プーシキン美術館本館
©The Pushkin state Museum of Fine Arts, Moscw

プーシキン美術館新館

プーシキン美術館の礎を築いたコレクターたち  ―展覧会パネルより抜粋文章―

 プーシキン美術館のフランス絵画コレクションは、18 世紀にエカチェリーナ 2 世をはじめとする王侯貴族が収集したオールド・マスターや 19 世紀から 20 世紀初頭に実業家たちが収集した近代絵画が源流となっている。 ここでは、本展覧会に関連する 4 人のコレクターを紹介しよう。 彼らのコレクションは、ロシア革命以降、激動の時代の波をくぐりぬけ、現在も私たちの目を楽しませてくれる。

 セルゲイ・イワノヴィチ・シチューキン (1854-1936)
モスクワの古い商人の家系に生まれ、繊維産業に携わった実業家。 美術品収集に熱心だった兄弟たちのなかでも特に、彼は印象派以降の前衛絵画に傾倒した。 当初、モネをはじめ印象派の絵画を集中的に収集したが、1904 年頃からセザンヌ、ファン・ゴッホ、ゴーガン、1910 年頃からはマティス、ドラン、ピカソへと、常に新しい表現へと関心を移していった。 自邸の音楽室にはモネなどの印象派の絵画、大食堂にはゴーガンの作品をまとめて飾り、マティスやピカソの部屋も設けた。 コレクションは、特定の日に一般に公開されていた。 彼の旧蔵品はモロゾフのそれとともに、プーシキン美術館のフランス近代絵画コレクションの重要な部分を占めている。 本展にはモネの 《草上の昼食》 (cat.36) やルソーの 《馬を襲うジャガー》 (cat.63) など、13 点が出品される。

 イワン・アブラモヴィチ・モロゾフ (1871-1921)
家業であった絹製品の会社を拡大・発展させたモスクワの実業家。 兄のミハイルが西洋近代絵画を集めていた影響で美術への関心を高め、ミハイルが早世した 1903 年から本格的に絵画の収集を始める。 シスレーの 《霜の降りる朝、ルーヴシエンヌ》 (cat.40) は、彼が最初に購入した作品のひとつである。 その後、ルノワールやセザンヌから、ゴーガンやナビ派、フォーヴィスムやキュビスムの絵画までを含む幅広いコレクションを築く。 モスクワの邸宅には、ドニやボナールに依頼した装飾画が飾られていた。 シチューキンに比べると穏やかで装飾的な作風を好んだが、両者の好みの違いは、ふたりがそれぞれ持っていたセザンヌによるサント=ヴィクトワール山の表現の差異に見てとれるだろう (cat.53.54)。 本展にはモロゾフが所蔵していた 19 点が展示された。

 ニコライ・ボリソヴィチ・ユスーポフ (1750 頃-1831)
公爵家の当主として政務をこなすかたわら、自身が継いだ莫大な財産を惜しみなく美術品の収集へ費やした。 ロココ美術や風俗画を中心に、同時代に現れた新古典主義の作品にも目を向けており、彼の鑑識眼には、皇帝エカチェリーナ 2 世も信頼を置いていたという。 本展に出品されるロランの 《エウロペの掠奪》 (cat.1)、ランクレによる 《森のはずれの集い》 (cat.7) は、彼の旧蔵品である。 ユスーポフ一族のコレクションは、彼の没後もサンクトペテルブルクのユスーポフ宮殿で拡充されていった。

 セルゲイ・ミハイロヴィチ・トレチャコフ (1834-1892)
織物業で財を成したモスクワの実業家。 兄パーヴェルが同時代のロシア絵画を収集していたため、セルゲイは同時代のヨーロッパ美術に目を向けた。 バルビゾン派に注目した彼のコレクションから、本展にはコローの 《夕暮れ》 (cat.21) と 《嵐、パ=ド=カレ》 (cat.22) が出品されている。 パリに通って集めた絵画は彼の死後、兄のコレクションにまとめられる。 優れた美術品は広く国民に公開するべきという理念を持っていた兄は、弟の死後すぐにコレクションとギャラリーをモスクワ市に寄贈した。



お問合せ:03-5777-8600 (ハローダイヤル)
展覧会サイト:http://pushkin2018.jp
東京都美術館サイト:http://www.tobikan.jp
主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、朝日新聞社、テレビ朝日、
BS朝日、プーシキン美術館、ロシア連邦文化省

後援:外務省、ロシア連邦大使館、ロシア連邦交流庁 (Rossotrudnichestvo)
協賛:大日本印刷、トヨタ自動車、三井物産、パナソニック、みずほ銀行
協力:日本航空


参考資料:「プーシキン美術館 展」図録、PRESS RELEASE & 報道資料 、他。
※写真撮影の掲載等は、主催者の許可を得て行っております。
※画像の無断転載禁止
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