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国立西洋美術館
国立西洋美術館
〒110-0007 東京都台東区上野公園 7-7


黄金伝説
 ― 古代地中海世界の秘宝 ―
THE GOLDEN LEGEND
 本展は、地中海地域に花開いた文明―ギリシャ、トラキア、エトルリア、ローマ―が生み出した金製品の紹介です。 黒海沿岸の町、ブルガリアのヴァルナで発見された世界最古の (今から約6000年以上前) 金製品を出土した状態に復元して展示するほか、複雑な模様の金線細工を得意とした古代ギリシャの装身具類、黄金文明とたたえられるトラキアの遺宝群、そして比類ない粒金細工技術を誇ったエトルリアの腕輪など、多岐にわたる文明や地域の作品で構成される、意欲的かつ画期的な展覧会です。

会期: 2015 10/16 [金]2016年 1/11 [月・祝] 展覧会は終了しました。
休館日: 毎週月曜日 (ただし、11月23日、1月4日、1月11日は開館)、11月24日、12月28日-1月1日
開館時間: 午前9時30分 ― 午後5時30分(金曜日は午後8時まで)
※入館は閉館の30分前まで
会場:
国立西洋美術館 東京・上野公園
主催:国立西洋美術館、東京新聞、TBS

「黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝」の開会式 & プレス内覧会の館内風景の画像です。
画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。

「古代地中海世界の秘宝 黄金伝説展」開会式
「黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝
開会式
国立西洋美術館 10/15 '2015

金の永遠の輝きをめぐる伝説
【展覧会の構成】 ― 「黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝」図録、などからの抜粋文章です ―
 古代の黄金の傑作が一堂に会します。 ギリシャ出土の金製品を中心にジュエリー、食器、武具、祭器など、バラエティに富んだラインナップです。 金製品が生み出された地域と時代も、広範にわたります。 古代ギリシャ・ローマはもちろんのこと、はるか昔の黒海の遺跡からエトルリア、トラキアまで、地中海周辺に花開いた古代文明の金製品を4000年以上のスパンで紹介します。
黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝」の展覧会構成
第1章 世界最古の金
第2章 古代ギリシャ
第3章 トラキア
第4章 エトルリアと古代ローマ

「黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝」のプレス内覧会の館内風景の画像と、「黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝」図録・出典資料などからの抜粋文章です。

《角を持つヴィーナス(ローセルのヴィーナス)》
第1章 世界最古の金
 展覧会は古代ギリシャの壺絵から始まる。 描かれているのは王子プリクソスにまつわるギリシャ神話の一場面。 プリクソスは羊の角にしがみつき、海の上を飛んでいる。 彼が目指すのは地中海の奥深く、湖のように広がる黒海である。 そしてこの黒海が、第1章の舞台となる。 プリクソスの羊の毛皮は金だった。 黒海地方に秘められた黄金をめぐるアルゴー船の冒険譚。 これがただの伝説でないことが、約40年前にあきらかとなる。 黒海沿岸の町ヴァルナで、大量の金の副葬品を納めた墓地が発見されたのである。 出土した金製品は、世界最古の金の加工品だった。 年代はエジプトの最古のピラミッドよりもはるか以前、今から6000年以上もさかのぼる。 発見されたヴァルナの墓地には、300基近い墓があった。 そのなかでも最も豊かな金製品が納められた墓のひとつである第43号墓を、すべての副葬品とともに出土の状態に復元展示する。 そこでは黄金製品の数々が、6000年以上の時をものともせず、太古のヴァルナの人々が眼にしたままの輝きを放ち続けている。
・3 エラスムス・クエリヌス(1607-1678) 《金の羊毛を手にするイアソン》  1636-1638年 油彩、カンヴァス 181 x 195cm
マドリード、プラド美術館
 エラスムス・クエリヌスは17世紀アントウェルペンで活躍した画家のひとりである。 一世代上のルーベンスや、弟の彫刻家アルトゥスを通して、イタリアのバロック美術を吸収しつつ、自身の画風を確立した。 フランドルの教会や修道院のために、カトリック改革 (対抗宗教改革) の思想を示す祭壇画を多数制作する一方、歴史や神話、寓意等、幅広い主題を描いた。 本作に描かれるのは、マルス神殿に守られていた金羊毛を獲得し、意気揚々と歩くイアソンである。

《耳飾り》
第2章 古代ギリシャ
  本章の最初の作品は新石器時代末期(紀元前45000年-紀元前3300年)のペンダント(NO.27)で、この時期のギリシャの金製品からも、当時バルカン半島が金工品の生産においていかに先進的だったかがわかる。(NO.34-45)
 パルテノン神殿が建設された紀元前5世紀、いわゆる古代ギリシャの黄金時代には、その名に反して、限られた量の金製品しか見られない。 しかし、エレトリアの工房で制作された一連の装身具は(NO.86-89)、クラシック期にふさわしい傑作である。 宝飾品の全盛期は紀元前4世紀半ばのマケドニアで始まる。 紀元前3世紀からローマ帝国が創建される紀元前1世紀末にかけて、金製品は全盛期に見られるような表現と技術の調和は失うが、広大なヘレニズム世界全体から影響を受けつつ、新たな展開を見せる。 日常生活で金のジュエリーは、とりわけ女性たちを彩る大切な品々だった。 彼女たちがどんなタイプの装身具をどのように身につけていたのかは、陶器、彫刻、そしてさまざまな工芸品から窺い知れる。 本章の最後は、黄金にまつわるさまざまな神話画を取り上げる。
・左28 《耳飾り一対》 青銅器時代初期、紀元前2400年-紀元前2200年 金 高さ 7.85/6.9cm
レムノス島、ポリオクニ、ギリシャ アテネ国立考古学博物館
[・右27 《環状の女性偶像》 新石器時代末期、紀元前4500年-紀元前3300年 金 高さ 4.61/5.93cm アテネ国立考古学博物館]
 これらの宝飾品は、エーゲ海北東部のレムノス島の町ポリオクニに住んでいた富裕層の女性が身につけていたものである。 耳飾りは 「ポリオクニの宝物」 と呼ばれる425グラムの金と銀の宝飾品の一部で、建物内のピトスという貯蔵用の甕に隠されていた水差しの中から発見された。ポリオクニは、主に鉱物資源の貿易によって繁栄したヨーロッパ最初期の原始都市であった。

第3章 トラキア
第3章 トラキア
  トラキア人は、現在のブルガリアを中心とする地域に住んでいた古代民族である。 トラキア人に関する文献の記録としては、古代ギリシャ人の著述が最も古い。 トラキア王レソスに関するホメロスの短い描写では、あるギリシャ人兵士がレソス王の馬車や武具の黄金装飾に驚嘆している。 トラキアと黄金の結びつきは、すでにホメロスにおいて示唆されているのである。 全部で12キロ以上の重さを誇るヴァルチトラン遺宝は、しばしばこのホメロスの言及を裏づけるものとみなされている。ヴァルチトランとパナギュリシュテの遺宝以外にも、多くの宝物一式がトラキアの地中から見つかっている。パナギュリシュテ遺宝は9点の形状が異なった金製容器からなる豪華な食器セットで、すべての容器には古代ギリシャ神話の場面が描かれている。
・190 両把手付の大型容器(カンタロス) 紀元前14世紀後半-紀元前13世紀初期 金 高さ 22.4cm、重さ 4.395g
ヴァルチトラン、ブルガリア ソフィア国立考古学研究所・博物館
[・202 《溝彫り装飾のある三連容器》 紀元前14世紀後半-紀元前13世紀初頭 金 高さ 5.3cm、長さ 23.9cm、重さ 1.190g 
ヴァルチトラン、ブルガリア ソフィア国立考古学研究所・博物館]

 ヴァルチトラン黄金遺宝 (NO.190-NO.202) は、世界的に最もめずらしく、興味深い金細工製品のひとつである。 遺宝は13の器物からなり、その総重量は12.425キロにもなる。 合金成分は、88.15パーセントの金、9.7パーセントの銀、1.74パーセントの銅、0.4パーセントの鉄である。 この有名なヴァルチトラン黄金遺宝は、ブルガリア最古の博物館であるソフィア考古学博物館の中でも最も貴重なものである。 遺宝は大きさ、形ともさまざまであり、世界最大級・最古の遺宝のひとつであると考えられている。

・279《ディアデマ》
第4章 エトルリアと古代ローマ
  エトルリア人は、紀元前9世紀から紀元前2世紀にかけてイタリア半島の中部―現在のトスカーナ州、ウンブリア州にあたる場所―を中心に活躍した古代民族である。 エトルリア文明に関する考古資料のほとんどは、ネクロポリス(死者の町)と呼ばれる墓地からもたらされる。 エトルリア各地で見られる大規模なネクロポリスが示すように、エトルリア人は死後の世界に惜しみなく 「投資」 する民族だった。 そして、冒頭の豪華な留め金 (NO.211) を見ればわかるとおり、エトルリア人はきわめて高度な金細工技術をもっていた。 紀元前7世紀から紀元前5世紀初頭までの時代は、エトルリアの最盛期だった。 一方、古代ローマはその時期、テヴェレ川のほとりの小王国から共和制国家へと変貌を遂げ、領土拡張のための体制を整えた。 この成長著しいローマに直面したのが、隣国のエトルリアだった。 紀元前4世紀以降、エトルリアの都市は次々とローマの軍門にくだり、紀元前2世紀には、エトルリアは自立性を失ってローマに吸収される。 ヘレニズム世界を征服して帝政時代を迎えたローマでは、広大な帝国各地からもたらされる宝飾品は、めずらしい貴石・半貴石によって彩られた (NO.263,270,273)。
・279 《ディアデマ》 1世紀-3世紀 金 長さ 54cm、高さ 3.2cm(マウント除く) ケルチ、南ロシア ライデン国立古代博物館
 このディアデマ (古代ギリシア神話の神ディオニュソスが始めるとされるはちまき) はきわめて薄い金の板で作られているため、実際に身につけることは不可能である。 本作は故人の頭に載せるために作られた副葬品としての装身具だった。このディアデマは菱形模様で覆われており、波状紋が表された6枚の木の葉が貼りつけられている。 ディアデマの中央には、壺とその両脇に一匹ずつ動物が描かれている。

 “金の羊毛” “黄金の雨” “黄金の林檎”
などギリシャ神話に含まれる金をテーマやモチーフにした黄金伝説

“金の羊毛” をめぐる伝説
“金の羊毛” をめぐる伝説 (プレス内覧会館内風景)
  金の羊毛をめぐる物語は、オウィディウスの 『変身物語』 第7巻をはじめ、細部の異なるさまざまなテクストに記されている。 発端となった逸話はアポロドロス 『ギリシャ神話』 第1巻、[.1によると、ボイオティアの王妃イーノーは、夫であるアタマス王が先妻ネフェレーとの間にもうけた息子プリクソスを計略によって殺そうとした。 このとき、ネフェレーはヘルメスより授かった空飛ぶ金の雄羊をプリクソスに与え、妹ヘレーとともに逃がしたという。 途中でヘレーは海に墜落したが、プリクソスは黒海の東端コルキスに到達し、そこの王アイエテスの娘婿として迎えられる。 その後、プリクソスは羊をゼウスに捧げ、羊毛はアイエテスに贈った。
 アイエテスに贈られた金の羊毛は、アポロドロスによるとアレスの杜の樫の木に打ちつけられ、ヒュギヌスの 『ギリシャ神話集』 3によるとマルス神殿内部に守られた。 龍の監視下に置かれた金の羊毛に近づくことは困難であったが、イオルコスの王ぺリアスは、前王の後裔で自身の王位を脅かすと託宣されたイアソンを亡き者とするため、彼にその獲得を命じる。 イアソンはヘラクレスやオルフェウスらを含むギリシャ各地から募った英雄たちとともに、プリクソスの息子アルゴスが建造したアルゴー船に乗り組み、出航した。 幾多の試練をくぐりぬけて、ようやくコルキスに到着する。 そこでもアイエテス王より難題が課されたが、王の娘で魔術を心得たメディアが彼らに味方した。彼女の助けを借りて、イアソンは火を吐く青銅の雄牛を手なずけ、地に播いた龍の歯から生まれた戦士たちの攻撃をかわし、見張りの龍を薬草で眠らせて、ついに金の羊毛を手にする。そして、新妻メディアともども船で島を離れた。 怒ったアイエテス王が追手を差し向けると、メディアは連れてきた弟アプシュルトスを八つ裂きにして海に投じ、父が遺骸を拾い集める時間を利用してアルゴー船を逃がしたとも伝えられる。…
 金の羊毛をめぐる物語は、古代に対する関心が高まったルネッサンス期、イタリアでしばしば造形化された。
 “金の羊毛” をめぐる伝説の中では、金をめぐって実際に行われていた貿易や取引が、テッサリアと黒海――すなわちギリシャとコルキスの―― それぞれの王家に関連づけられました。 すなわち、この伝説ではイアソンとメディアは結ばれ、メディアはイアソンに金の羊毛の秘密を教えるのです。 メディアが教えた秘密は黒海地域の川や小川に含まれた砂金を、羊毛を用いて採取する方法にほかならなかったのではないでしょうか。 この地方では砂金を取るときには、びっしりと毛で覆われた洋皮を浅瀬に浸して羊毛に砂金を付着させたからです。 引き上げられた羊毛は太陽光のもとで金色に輝いたことでしょう。

お問合せ:03-5777-8600 (ハローダイヤル)
展覧会サイト:http://www.tokyo-np..co.jp/gold/
国立西洋美術館サイト:http://www.nmwa.go.jp/
主催:国立西洋美術館、東京新聞、TBS

後援:外務省、文化庁、イタリア大使館、オランダ王国大使館、
ドイツ連邦共和国大使館、ブルガリア共和国大使館、BS-TBS、TBSラジオ
特別協賛:住友金属鉱山
協力:アリタリア・イタリア航空、エールフランス航空、KLMオランダ航空、西洋美術振興財団

参考資料:「黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝」図録・ 報道資料 など。
※写真撮影の掲載等は、主催者の許可を得て行っております。


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